北見高齢者・こども110番の家 地域食堂 『きたほっと』

北見高齢者・こども110番の家とは、地域の困った高齢者等が、「高齢者・こども110番の家」のステッカーの貼ってある家を訪ね、その家から地域包括支援センター等へ連絡して頂き問題解決に繋げていく。これを北見市内に広めていく事を目的とした拠点が、地域食堂「きたほっと」(誰でも集えてほっとする食堂)です。

~きたほっとクリスマス会~

on 2013年12月25日

今日も元気に忘れずに皆さんがお越しになりました。

男性のご利用Oさんも、ここに来るのが楽しみになったと来所していただけました。

いつもの準備体操から血流を良くする体操、

「眠れないんだ」の言葉から寝る前の血流を促進する体操と足浴の勧め、

体操後は、脳活性化体操ですが、

何のために行うのか事前の納得をいただき実施!

更にはテーマから

自分なりに言葉を組み立て、相手に伝え、更には他の方からの意見を聞き取り、

更に話を交流させる。

☆☆☆

今年になり数回の参加の場面となった方もおりますが、

北見でも仁頃方面の方が多く、

認知症の人を介護する娘さんからも「母もその近くの出身でが大きな川があったといっていました」と

親の言葉を証明をしていただける場面となりました。

☆大雪の注意☆

また、参加者から平成16年の大雪と同じように大雪が来るかもしれない。

灯油ストーブの煙突が雪で塞がれないようにと、

大事な記憶からの注意が促され、

また「かんじきはとても重宝で、雪に埋まらず道をつけてあるく事が出来る。

子供等にも教えてあげたい。自宅にもある」と

当時を振り返る話題も出てきました。

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困ったときには互いに電話をかけあいましょう・・と。

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☆戦後のケーキの思いでより☆

今は物が豊富になってケーキでも、どこでも今は買うことができるけど、

〇〇市の護国神社の近くに家があった。

戦争当時は兵隊さんばかりよく見かけていた。

戦後、母親に早く死なれ、クリスマスには妹にケーキを食べさせたいと何キロも離れたデパートへ歩いて求めに行った。

ケーキを買うのも長者の列だった。

長いこと並んだが、自分の前でケーキが売り切れた。

妹にケーキを食べす事が出来ないと思うと悲しくてき泣き離れた家まで歩いて帰った。

今でもケーキを見ると思い出す。

・・・親と一緒に暮らせることが一番とのお話も・・・

幼いころ、戦争から戻った父は体調が悪く間もなく死んでしまった。

母親も早くに亡くした。

自分等は、貧乏で貧乏で本当に大変だった。

兄妹が多く、生きていくこと、食べていくことに精一杯な時代で兄妹みんなが別れて育った。

でも、みんな頑張って、それぞれの小さな家を持つ事が出来た。

今は残った妹と懐かしくその当時の話をする。

どのような狭い家でも

家族が共に助け合いながら暮らすのが一番のうらやましい出来事だったように思えてくる。

今、みなさんと会話でき、ここに来る事が出来て本当にうれしい!!

最後は、当会会員の日赤奉仕団朗読ボランティアのSさんが赤穂浪士を読んでいただき、

皆さん真剣に目を閉じ自分ながらの映像を動かされました。

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このような日常の暮らしがあったことを語り継いでいく場面が必要だなーと考えます。

今日は、まだ学校があり学生さん等と交流ができませんでしたが、

市内の感染(ノロ・インフルエンザ)が安定した後は、

交流の機会をぜひとも持ち、

昔の国民目線の日常の暮らしを伝えていくことの大事さをひしと感じさせていただきました。

しかしながら、心の豊かさは今とはくらべものにはならぬほど満たされた時代でもあったようです。



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