北見高齢者・こども110番の家 地域食堂 『きたほっと』

北見高齢者・こども110番の家とは、地域の困った高齢者等が、「高齢者・こども110番の家」のステッカーの貼ってある家を訪ね、その家から地域包括支援センター等へ連絡して頂き問題解決に繋げていく。これを北見市内に広めていく事を目的とした拠点が、地域食堂「きたほっと」(誰でも集えてほっとする食堂)です。

きたほっと通信 1月11日

on 2014年1月12日

1月11日、新春きたほっと終了いたしました。

皆様、それぞれに笑顔での参加であります。

しかし、暮れから正月明けまで、通常のクラブの集まりもお休みの為、

気分が低下し、お医者さんへ受診となった方もおりました。

とても明るくいつも皆さんのことを心配されている方ですが、

「まさか、自分がこんな風になると思わなかったよ・・」と少々、自信喪失気味でありました。

心の風邪は、普通に生きる意欲までをも、もぎとっていくようです。

暮れから正月にかけては

いつものサイクルが違い、老人クラブも長期の休みの為、

ダメージが強い事が判明です。

家族等の集まり、散会、

テレビも一日や二日は良いけど続くと孤独が深まると・・

来年は「世の中のサイクルが戻るまで介護施設へボランティアへいきましょうか」と提案すると

それがいい!それがいい!と声がひときわ大きくなりました。

有償ボランティアも、日ごろから来ていただいていた男性から

気持ちよく申し込みがあり、

希望する方への橋渡しが出来そうです。

今後も、きたほっと体験者から順に希望する場へ紹介をさせていただくことで話し合いがなされました。

昨日は「お話を中心」として展開され、

◇オードブルの話題◇
暮れから正月には、オードブルをとった。並んで頼む〇〇か、〇〇が一番おいしかったと、
  みなさん前のめりでお聞きになっていました。

◇高原列車から修学旅行の話題◇

戦後の修学旅行は、トラックに藁を敷き、その上にテントを乗せ20名ほどで阿寒湖へいった。
ホテルの名前は、確か「ダイトウカン」だったと思う。

すかさず横から男性が、

「あっ、その頃だったら道路の路肩が崩れていたべさ。鉄の柵は供出でもってかれたから、

崩れていたんだ。俺トラックに乗っていたら斜めになったも」と。

*供出とは戦争当時、国から言われるように提出しなければならないことだそうです。*

また、当時の阿寒湖の店で売られていたのは「ところてん」だけだったと、

当時をしのんでいると

・・・・

◇正月に出かけた女満別の道の駅(メルヘンの丘)で〟

いなきびとかぼちゃ〟の煮たものが販売されていた。

「なっかしかったー」と

話題が話題を呼んで、

またまた、横から男性が

「いなきびは、つくりおきはしないようにね。ぼさぼさになるから」と

「そうだ!そうだ。ぼさぼさになるんだ」と

言葉のキャッチボールがリズム的に働き、

話すこと、話が展開することで誰もが笑顔となっていました。

・・・・・・

その後、

じゃんけんポン大会や、

おなかの底から出す大声から

「長い時間息が続くようになったよ」とおっしゃる方や、

最近、眠たくないのに「あくびばかりがでる」と・・

それでは「酸素を取り入れよう」と、鼻からしっかり酸素を吸い込み体全体に流し、

ゆっくり、ゆっくり口から吐き出す体操に集中しました。

☆☆☆

食事では、美味しいと満足していただけた心や、

食事を食べに来ることも、

誰かの為につくらせていただくことも、

共に地域で支え合う作用が働いていることを誰もが実感できた

今年度第一回目の「きたほっと」となりました。



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