北見高齢者・こども110番の家 地域食堂 『きたほっと』

北見高齢者・こども110番の家とは、地域の困った高齢者等が、「高齢者・こども110番の家」のステッカーの貼ってある家を訪ね、その家から地域包括支援センター等へ連絡して頂き問題解決に繋げていく。これを北見市内に広めていく事を目的とした拠点が、地域食堂「きたほっと」(誰でも集えてほっとする食堂)です。

フォーラムを終えて(2)

on 2013年9月9日

参加者の多くはハンセン病を知らない人々が多い状態でした。

しかし、満州でも患者さんがいたというのですから、北海道からもひっそりと当時隔離されていたのかもしれませんね。

「沖縄愛楽園から伝えたいこと」として作成されたDVD(株)シルバーチャンネル製作は、

当事者発言もあり“ズシン”と重くのしかかってきました。

洞穴のような場所から始まり現在の素晴らしい施設はご苦労された人々を思うとごく最近であるようにさえ思えてきます。

戦争中は日本各地から隔離の為、強制的に連れてこられた人々は900人を超したと言います。

命令で溶けていく手足で防空壕をつくる人々や

病気でお亡くなりになった方のみならず

誕生できなかった命もあるのか・・・と間接的に思い起こす事ができました。

ハンセン病の子は幼いときから身を隠すように言われ、

他人が来ると大きな木の上に登る幼子の姿や、

農家を営む家では野菜が売れず収入が途絶えるなど

多くのご苦労と尊い命が亡くなっていたことを同じ日本人として知ることだけでも、

宗教問わず亡き人々の魂がやすらぎほっとするようにさえ思われます。

幼いときからの差別や隔離から施設から出ることが可能になっても

強いトラウマから外へ出ることができなくなった人もいたといいます。

・・・・・・・・・・・・・

自分の子供や孫が、そのような場面となったらどのようになるのでしょう。・・・

認知症の人も昔は座敷牢や馬小屋に入れられ、ごはんは一日一回だけ運ばれた生活もあり、

とても良くにた悪劣な環境だったのだと思います。

しかしながら自分等も日頃の生活の場において知らぬ間に、

そのような差別の目で見ている自分もいるのではないかと深い考える時間をいただきました。

高校生も参加していただき年代の違う交流から多くの学びの時間をいただきました。

★★

地域からは、連合町内会の役員をなさっているYさんから個人的に話を頂戴し、

70代を過ぎてもボランティアと仕事を両立され独居で暮らされている報告に参加していた友人が、

「自分もあのように生きたい」と目をキラキラと輝かせながら話す姿があり目標となったようであります。

介護支援専門員の連協の立場から、

どのような時代が来てもぶれない地域の助け合いの為に、

誰もが利用でき、

利用した人も支援する側に入る事ができる『有償ボランティア』の説明もさせていただきました。

初めの案から学識経験者に助言を頂き内容がどんどん変化している事や、

時間がかかっても希望を持ち目標を持つ事の大事さ。

★★

また、会員を問わず純粋に何の影響も受けることなく

『超高齢社会を安全に生き抜くための意見交換の場への参加』を呼びかけましたところ、

多くの申し込みをいただき今後の地域つくりへ発展できるものと考えます。

★~山内先生の生と死を考える~★

『死への準備教育」とは

人生の有限性を知り、死をタブー視せず

自覚をもって自己と他者との死に備える心構えを習得することは、

人間としての最も基本的なことである。

即ち、この世で自分に与えられた時間をいかにより良く生きるかを考える

『生への準備教育』に他ならない。

★★★心★★★

基調講演の先生始め、ご来賓、関係者の皆様、

ご来場の皆様には予定の60名を大きくこえるご参加を頂き厚く御礼を申し上げます。

数多い秋のイベントからお選び頂き誠にありがとうございました。

※写真掲載の許可をいただいております



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